日々是好日

小さく呟く毎日の暮らし

優しさが足らない

 

   眠れません。睡眠薬飲むべきなのかな。ぐるぐるぐるぐる思考が飛び出してきます。自分が駅にいて、電車に乗って過去に行きます。でも前程リアルに思い出せない。なんだか消しゴムで嫌な思い出が処理されているように感じます。覚えてるけど、あまり感情に入ってこない。これがきっと普通の防御反応?

 

  というか、最近は楽しかった小さい頃の思い出もあまり思い出せないです。記憶がぼやけてきてます。鬱初期は記憶に悩まされてたけどそれが消えた…。小中高の記憶はリアル感もなくなりました。思い出すたびよく泣いてたけど、もう私には邪魔な思い出なんだろうな。忘れちゃえ。

 

  ひとつだけ引っかかる記憶は、大学四年の頃。バイトでなかなか短期的な記憶ができなくて、就活も出来ず、ロボットように必要事項しか話せない私はコミュニケーションもとれず、ついに『駄目人間ですみません。』この一言を口に出して場が凍りついたのを思い出します。あ、なんかこの思い出はリアルみたいです。涙が出てきた。若干22歳がいうような冗談のおちゃらけた駄目人間じゃないと周りが理解したのか、みんなが俯き、店長はそれから優しくなりました。私を見るたびきっと同情してたんですかね。

 

  あの時、どれだけ悔しかったか言葉にはなりません。就活は出来なかったから。当時は小さな自己紹介文すら一枚間違わずに書けなかった。どうしても書けない。何度も何度も間違える。あ、こいつはやばいと思われた。そして、必然的に避けられる。きっと私はまともじゃないんだなぁと思って辞めたんです。日にちや時間を間違えることも多く、その頃の日記は字が汚くて読めないですね。文面も狂ってます。ひたすら、頑張らないと、頑張らないと。で、埋め尽くされていた。休むことなんて考えもしなかったです。

 

  ただ、考えてみたら周りに迷惑しかかけてない日々でした(*_*) いっぱいいっぱいですね。いや、まじで困るよこんな人。本人は罪悪感から自分を益々追い込んでいくという、、。んー、とは言え過失の迷惑って死にたくなるレベルだ。

 

    この記憶の感覚も消去されるんだろうな。

 

   無力感は毎日感じます。能力が低いから。でもそれ以上に伝えたいことが伝えられなかった日々は本当に空っぽでした。何を言いたいのかまとめられず、何を感じてるのかわからず、見えない壁に覆われて耳を塞いで、全部消えて欲しい記憶。自分がどこにも認められない存在であることを知らせるように、人は離れていきました。自分の存在を諦めることが当たり前になっていくことに耐えていかなければならなかった。誰かに、お前は要らないと耳元で囁かれる。だんだん本当にそうなのかもしれないと思えてくるんです。人間は弱るとこうなるのかもしれません、、。引きこもってる人とかそうなんじゃないかな。

 

   今は自分が3人いてる気がします。お前なんか駄目だっていう自分と、そんなことないよ希望を持とうという自分。そして、感情ではなくて客観的に考える自分。前までは0か100だったのですが、どうやら真ん中が少しずつ構築されてきたようです。だから、一瞬もうだめだって0になるけど、あーはいはいって、あまり気にしないようになりました。多分これめっちゃ大事!明らかに変に思い切ったことがなくなったし、言うて泣いて数時間後にはなんで泣いたか忘れるくらいのどうでも良さを手に入れました!

 

    人のことや自分のこともまだまだわからないし、優しい人間にはまだまだ 遠いのかなと思います。本当に優しい人間なら、さっさと睡眠薬飲みますよね。結局、人にも自分にも優しくなれたら鬱は再発しないのかもしれないです。なんというか甘いんです。自分に対する優しさも、相手に対する優しさも、私には足らない。今まで私が思っていた優しいというのは、潜在的にあるものだと思っていたけど、確実に技術なんだなと思います。

 

   優しさって体感しないと難しいです。彼氏と一緒にいたから、自分の優しさが足りないって気づけたかもしれない。彼氏は私が馬鹿でもボケでも糞でも、別にそんなことで見離したりしないと言うし期待を裏切っても一緒にいてくれる。私を人間だと扱ってくれる。言ったことは守ってくれます。私は約束を守るのが下手です。どんな小さな言葉も約束は約束ですよね、、。常識がないレベルではないけど、結構適当なこと言ってしまう。(サザエさんのカツオみたいな?)わかってるけど、めんどくさくて放置みたいな。友人なら取り繕えますけど、距離が近いと駄目なところが露骨に出ます。

 

   ダイエットしようとか言って結局諦める的な、、。明日からはジュース買わないって言って無駄遣いするとか。明日は起きるっつって爆睡。だらしないです(*_*) これくらいならいいけど、期待をわざと裏切る節もあります。ついつい相手を試してたりします。

 

   優しいの反対ってだらしないこと、信用を裏切ることなのでは?と思えます。だらしないのは自分を過信してるなぁと思うし、人を試すのは最悪ですよね。軽視しようとする節があるからそういうのが引き金になるし、見えてないこともあるからタチが悪い。わかっててやるのは一番悪質。書きながらグサグサくる。これはリアルだわ、、。

 

  大人にならなきゃいけないんですね、きっと。

 

   これを書いて気づきました。私が死んだら、悲しむんだなって。言葉は理解してるし、悲しむっていうのもわかるけど、感情として悲しいって感じなかった。でも、ああ悲しいのかってふいに感情が電波のようにやってきた。別れとか、死にたいとか(言わないけど思うことはある)私なんていらないんだ、とかそんな言葉で彼氏を傷つけていたのかな、、。自分が傷つきたくないから。

 

   自身を変えるよりも大事なのは相手の感情に寄り添うことなのかな?結局自分を傷つけたら相手は傷つく。だらしないとか約束を守るのもそう。相手を傷つけることは、回り回って自分も傷つけてる。自分なんてどうでもいいってどこかで思ってるから放置できる。優しくなりたい(T-T)  当たり前じゃないよね、、技術だわ。