日々是好日

小さく呟く毎日の暮らし

17歳の夏

 

飛行機雲が空に一線を描いた

よくある光景も

その日はとても新鮮なように思えて

校舎の窓からずっと眺めていた

 

何かを失うことは始めてじゃない

 

だけど毎回、

同じような感傷に浸ることもなかった

自分の知らない世界へ来たような感覚が

身体全体を駆け巡っていた

 

初めて私は曲を作った

何か発散できるものが欲しかったから

タイトルは”飛行機雲”にした

 

 

………………………

 

 

彼女と話をした最後の日、

 

彼女は泣きながら俯き

”本当に冷たい人間だよね”と

言葉を残した後、

横浜駅に私を置いていった

 

それから心にぽっかりと

穴が空いてしまった

 

 

 

 

 

私は彼女が嫌いだった

 

少しでも期待に沿わなければ、

裏切られたと泣くところが

自分の思い通りにいかないと

機嫌を損ねる彼女が

 

違うんじゃないかと反論をすれば

人格否定をするような言葉で

反撃してくる彼女が大嫌いだった

それは教師であろうが私であろうが

矛先の向かった場所に一直線へ

ナイフのような言葉を突き刺した

 

その言葉は論理的でいかにも

間違っていないことを言うものだから

大人でさえ、口を閉じてしまった

 

彼女にはきっと

白か黒しかないし

そうでない、ということを

認められない人だった

 

 

けれど彼女は鮮明に

17歳の夏を生きていて

それはそれは眩しかった

 

笑ったり、泣いたり、怒ったり

喜怒哀楽が激しくて

死に直面したことがあるからこそ

永遠の少女のような幼さがあった

彼女ほど意固地に一生懸命で

まっすぐな人は見たことがない

 

ぱっと見は悩みがないと

思われるくらいの明るさを

持った女の子だったが

 

知れば知るほど底の深い

闇の部分が吐露された

生をのみ込むほどの暗さは

まるで二重人格のようだった

 

楽しい時は良かったが

一度思い通りにならないと

大喧嘩になった

繰り返されていくうちに疲れ

私は彼女に従うことを覚えた

 

彼女がこうしてほしいと望む一方

その器を持てない私は悩んだ

彼女は決まって期待に添えないと

世界に裏切られたかのように

ショックを受けるのだった

 

私のことが嫌い?

私はこんなに〇〇のことを

想っているのに

どうして、わかってくれないの?

どうして、応えてくれないの?

それが口癖だった 

 

彼女に出会う前の私は

壊れた人形みたいだったけど

自分の作り上げた世界だけを

見ることで保っていた自尊心が

彼女といたことで、現実へと

向かわされそして論理的な言葉で

自信が粉々に破壊された

 

彼女といると、嫌でも

自分と向き合わなければならず、

それは自分が求めて向き合うものでは

ないから余計にとても苦しくて

 

向き合わないなんて卑怯だ

そうやって逃げるんだ

本当に人を大切にできないよね

ずるいよね

 

という言葉で私を追い詰めた

 

 

彼女が関わると

色々な事が潰れていった

 

放置するべきことでも

首を突っ込んでしまう性分で

 

あんたが首を突っ込むから

ややこしくなったと責められたときは

私のところへやってきて

 

私と相手のどっちの味方なの?

 

と、私に泣いてすがった

彼女の味方だ、としか言えなかった

 

 

彼女が悪くなかったかは

なんとも言えないが、責任を

押し付けるほうが圧倒的に悪い

 

若いからなのか

致し方ないような気もした

適当に間に入っておけば

そういったことにはならなかったのかも

 

その時はよかったけど

その後が大変だった

期待値がどんどん膨れていくのだ

 

なにが正しいとかないのに

答えを求める彼女と

この先もずっといることに

束縛されることに、否定されることに

徐々に恐怖を感じていくようになった

 

 

 

そんな折に、

 

お願いだから側にいてほしい

〇〇がいないと生きていけない

 

と、泣かれて余計に

どこまで自分の領域に踏み込んで

くるのか不安になってしまった

私はわざとメールを返さなかった

それは彼女を激怒させたし失望させた

 

彼女の母親が私を嫌っていたことも

重なって、横浜駅に至ったのだと思う

 

 

私は彼女を大きく裏切った

 

もしかしたら、彼女の大切な

何かを打ち砕いてしまったかもしれない

けれどもう彼女といるのに疲れた

 

そして彼女も母親に反対されてまで

私といる理由がなかったのだと思う

なぜなら母親は絶対的な存在で

 

母親がきっと、私の嫌なところを

彼女に吹き込んでいるのは想像できたし

 

横浜に遊びにいく前日、彼女は

大量のパターンを頭に入れ込んでいた

そのパターンのなかに

私に酷いことをされて帰る、というのを

母親と共に考えてきたのだと

わかったときには、やりきれない気持ちで

いっぱいになり彼女に不信感を抱いた

 

 

私に怒りをぶつける文面を

練りに練りこんできたのか

行きの新幹線の中で

帰りに言いたいことがあるから

覚悟しておいてよね、と誇ったように

意地悪に微笑まれると

 

ため息が出て、言おうとしていた

本音を言うことが出来なかった

他にも色々すれ違いがあった

話し合えば何か変わったかもしれない

 

 

 

そして最後、

 

どうしてそんなに冷たいの?

私を傷つけて〇〇は平気なの?

 

と言われた言葉に返すことが

出来なくなってしまった

 

 

 

彼女にとっての全ては

精神的DVを行う母親と

身体的DVを行なう兄だった

 

彼女は私に期待しながらも

私が信じられるものは

あなたじゃない。家族しかいない

私は家族しか信じない

 

と言うのは、少し悲しかった

わざわざ言わなくてもいいだろう

と言うことを言うのだ

 

そうやって関心を

向けて欲しかったのだと思う

 

 

彼女の母親は明らかに

おかしい人だった

部活のダンスの振りまで

わざわざ訂正してきて

それを部員に強要させた

 

おかしいとわかっていても

もうどうにもならなかった

反論するのが嫌になったのだ

 

母親が全てな彼女には

母親が絶対的存在で

それが正しいのだと言い張った故に

正直ダンスは面白味が失せてしまった

 

ラップ調の曲を持ってきたときに

アップダウンがないからやめようよ

というと、これはお母さんが

良いって言った曲なのに!気にくわない?

〇〇は白人の曲ばっか聞くもんね

黒人だから嫌なの?それって差別じゃん

 

と言われ、無性に腹がたった

それでも喧嘩しないようにした

 

彼女はいつも母親の機嫌を

とることに必死だった

それを部活に持ち込むほどに

そしてDVをする兄のことを

よく話していた

 

私にはどうすることもできなかった

 

明らか変な子だし

早く忘れなよ、と

友人は言ってくれるけど

なんとも言えない気持ちになるし

 

それが、きっかけで

精神的にかなり落ち込んだ

 

全てが悪い思い出だったわけじゃなく

彼女の明るい笑顔が

未だに私の脳裏に焼き付いて離れないのは

一種の呪縛なのかと思う

 

彼女と向き合うことが出来なかったし

そして、助けになることが出来ずに

裏切る形で離れてしまったことは

罪悪感を生みだした

 

今でも幻聴のように

〇〇はずるいよね、と聞こえて

くるんじゃないかと思うほど

今尚束縛し続ける

 

 

以来音信不通で何をしているかは

全くわからないけど、

元気でいてほしいとは思う

 

彼女といた三年間は

人生のなかでも、濃い三年間だったし

意味わからんと思いながらも

彼女が大好きだった

 

それは彼女が私と違って

本気で生きていたからしれない

それに頑張り屋さんだったから

 

 

私は相変わらず

ずるい人間なんだろうな

いつかずるさを抜けられる日が

来るんだろうか

 

今日はそんなことを思い返す午後だった